グループハウス「さくら」の誕生-粗末な現状に奮起

私は、長く行政に関わってきた経験(浦和市議会議員)から、行政は必要と思うことでもすぐに実行に移せるものと、移せないものがあるということとか、いくら財源があるからといっても、すぐに実行に移せない場合もあることなど、官僚行政の実態を学んで来ました。これらは、タテ割り行政の弊害や保守性が特徴の行政ならではの問題点でしょう。でも、それでは困るのです。住民が、ここは交通事故が多いので「信号機をつけて欲しい」と、市役所や警察に相談にいっても、「検討中」といつまでたっても設置しません。それでいて、人身事故などが起こると大あわてですぐにつけます。いつも後追いでは、誰のための行政かと情けなくなります。
グループハウス「さくら」の入居者が毎月私に支払う金額は、部屋代、水道・光熱費などの管理費及び食費をひっくるめて十万五千円となっています。そのほかの入居者本人が使用する日用品―――石鹸、ちり紙、各種噌好品、そして、自室の電話代などは自己負担となっています。
「さくら」のスタートに際しては、月づきの徴収金の額についてずいぶん考えました。
有料老人ホームは例外としても、公的施設の措置費の内訳、一部の市町村で実施している老人福祉アパートなども調べてみましたが、結局、私が考えているような高齢者のグループハウスやそれに近いものは全くないということに、否応なく気づかされ、ままよ……とばかりに開き直った私はそれなら、憲法で定められた最低生活を営む権利、ここから出発しようと決心したのでした。浦和市の生活保護基準をもとに積算してみると、高齢の単身者の場合、家賃を一カ月四万四千円で家主と契約した場合、食料費、その他の生活日用品等でしめて、十三万八千二百四十円が一カ月分として市から支給されます。(一九九六年現在)
「さくら」に生活保護を受けている人が入居した場合でも、ほかの方と同じように毎月、月額十万五千円を支払ってもらいます。従って、その人の手元には三万三千円余りが残り、何とか日常生活に支障を来さないで済むのではないかと考え、私は、経営者としては苦しいけれど、この額でやってみようと決心しました。
決心はしたものの、建設費のローンの支払のことなど果たしてやって行けるだろうかと、ずいぶん心配しました。もちろん自分の人件費は一円も計上していませんでしたが、赤字経営が頭をよぎりました。

社会保障の貧困なこの国で、政府がいくら「自助自立」を叫んでも六十五才以上空局齢者の大半は、月額約四万一千円の国民年金を頼りに暮らさなければなりません。不足分はわずかな預金を少しずつ取り崩し、あるいはまた、子供たちからの少額の仕送りや、体が動けばなお働いて、かろうじて生計を立てているというのが現状です。
ことに八十歳以上の高齢者たちは、夫や息子を戦争にかり出され、戦後の困難を身をもって体験してこられた。そうした人々の、たとえ貧しい生活でも「お上の世話にはなりたくない」との健気な気持ちを、国はなかなか理解しようとはしません。
このような現実のなかで、グループハウス「さくら」は、おとしよりたちのために、老後を少しでも安心して過ごしてもらえる場所にできたらと考え、スタートしました。

当時、すでに高齢社会到来の兆しが色濃く漂う中で、私のもとには数え切れないほど多くの問題が寄せられていました。一人暮らしの孤独と不安、子供夫婦と同居しているが全く会話もなく寂しい、食事も若者向きで食べられない、老朽化したアパートの建て替えで追い立てを食っているがとしよりに貸してくれるアパートがない……そのほか医療の問題や老人ホームへの入居の問題など、いずれも切実で深刻なものばかりでした。
これまで私は、機会あるごとに北海道から沖縄まで、老人問題に積極的に取り組んでいる先進都市の、公営民営合わせて六十カ所を超える老人施設を見学してきました。中には、ホテルと見違えるばかりの立派なもの――温泉、プール、図書館付きで医療設備も完備というようなものもありましたが、それらは入居金何千万円、毎月の費用も数十万円と庶民には縁のないものでした。また、公営のホームは、所得によって措置費が決まるものの、ほとんどが四人部屋、ベッドの聞をカーテンで仕切っただけという、プライバシーもなにもない粗末な作りのものでした。
公立のケアハウスもみましたが、入居費用は程々でも、入手が足りないせいか「風邪を引いた」「熱が出た」とそのたびに身元保証人に連絡し、病院へ連れていくように指示されるということで、入居者たちは保証人はじめ家族や身内にまで迷惑がかかるのではと、気兼ねして小さくなっていました。何よりも、すぐに身内に連絡されることが辛いと口をそろえて言っていました。特に私が大切にしたい食生活については、有料ホームの一部ではセレクトメニューもありましたが、大半はお仕着せ食事(人数が多いのでやむおえないところもありますが)でした。たまには好物でお酒も飲みたいでしょうし、好きなものを作って食べたいこともあるでしょう。寝たきりで動けない人は別にしても、年をとっても、この程度のささやかな欲求は誰もが持つ当然の願いではないでしょうか。それが許されている施設には、残念ながら一カ所もお目にかかれませんでした。
風向明娼も温泉付きもいいでしょう、しかし、おとしよりたちが残り少ない時聞を有意義に過ごすためには、山の中や人里離れたそうした場所よりも、できるだけ、環境や生活習慣を変えずに生活できる場が必要だと思います。それが出来ない場合でも、時にはちょっとした身の回りのものを買い求めたり、友達と誘い合って食事ができるくらいの場所――つまり、社会とのつながりの中で自立して生活することではないでしょうか。
できれば住み慣れた場所に、「こんなところなら私も入居したい」という思いを大切にして、納得のできるホームを作りたい……私の夢は、徐々に広がり始めたのです。

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