「さくら」のお正月

一九九一年、グループハウス「さくら」は、開設以来初めての新年を迎えました。私にとっても家族と別の共同体を抱えての生活は初めての経験でした。幸いというかちょっぴり寂しい気もしないではありませんでしたが、三人の子供達はそれぞれスキーに初詣にと出かけ、残ったのは私と夫の二人だけとなりました。それでも、おとその味も格別に、何年ぶりかで夫婦水入らずで新年を迎えました。
わが家の引っ越しも、ハウスが完成するのを待ってあわただしく家財道具を運び入れ、ようやく何とか家庭らしくなったときには、この年の残り時間ももうわずかとなっていました。
ところで、完成した「さくら」に入居が決まった六人のうち三人が、どうせ引っ越すなら年が変わる前に済ませて、新しいところで落ちついて新年を迎えたいということで、年の瀬ぎりぎりになって引っ越してきました。そんなこんなで、この年は、わが家にとっても三人の入居者にとっても格別の思いの残る正月でした。
元日の朝は、この日のためにボランティアさんが差し入れてくださったお料理を始め、私の郷里函館から送られてきた鮭、イクラ、カニなどで豪華に正月らしい彩りで、お雑煮は私の手ゃつくりでと準備していましたので、みなさんにはできるだけ朝ゆっくり休んでもらうよう、前もって伝えておきました。
入居者全員が初対面の挨拶を交わしたのは、二日前の夜でした。すでにお互いの顔と名前だけは分かってはいたものの、なれないところで、また引っ越しの疲れが重なって体調を崩しては気の毒と思い、ゆっくりしてもらおうと考えました。
それでも、八時前には全員一階のリビングルームに元気な顔をそろえました。平均年齢八十歳の女性たちは、みんな正月らしく身、ぎれいにして、チラリと口紅もつけて、とても初々しい感じにあふれでいました。
「明けまして、おめでとうございます」
「これから、長くお世話になります。よろしくお願いします」
お互いに、ちょっぴりと緊張と期待をのぞかせながら、新年の、そして、新しい生活の幕開けです。
やがて、こころづくしのおせち料理をいただきながら、誰からともなく「さくら」入居までの自分史を語り合いました。
入居者を決めさせていただくには、私は前もってみなさんにお会いして話をお聞きしたり、知り合いの方から話を聞いたりしていましたので、みなさんの経歴については、だいたい承知していました。それでも、この日改めて聞かせていただいた三人の入居者たちのお話は、どれも耳新しく感動的でした。
平均年齢八十歳の彼女たちの生活歴は、当然、戦前戦中戦後とそれぞれの困難な時代を歩いてきた重く厳しい道と重なり、聞いている私の胸にもその重みがずしりと伝わってくるものでした。
「今日からはみんなで力を合わせ、ささえ合っていこうね」

みんな、しっかりとうなずき合いました。お互い人格を尊重し合いながら、自立して共同生活の和を育てる、なかなかむずかしいことと思います。でも、これから「さくら」は、この後参加する三人の入居者を含め、六人が一つの家族として生活していくのです。私は、話を聞きながら、今日からはこの先輩たちからたくさんの知恵と経験を学びながら、一歩一歩着実に歩いていこう、そう自分に言い聞かせるのでした。以来、元日を迎えるたびに私は、この日を思い出し新たな気持ちでスタートするのです。

グループハウス「さくら」は、今年で七回目のお正月を迎えました。毎年、お正月、お
盆、敬老の日と両手に抱えきれないほどたくさんのお花を届けてくださる花市場の社長さんがいらっしゃいます。今年も見事な南天、松、黄菊に水引と心憎い気配りをしてお正月花を届けてくださいました。
この方は「さくら」のオープン当初から、こうしてたくさんの花を安く届けてくれるなど、ずっと私たちを応援してくださっています。また、大変粋人で、お正月用のお飾りに大きな青竹を切ってきてくださったり、細身の竹を丁寧に削って器を編み、それに数の子を盛って持ってきてくださるのが恒例となっています。毎年、この時期がくるとみんなおお喜びで食堂に集まり、瑞々しい青竹の緑と、一粒一粒黄色に輝く数の子の見事な彩りに思わず見とれてしまいます。いつもながら頭の下がる思いです。
また、近所に住む友人のKさんは、「さくら」のオープン以来毎年、暮れになると二晩もかけてじっくり煮込んだ、にしんとごほう入りの見布巻きと、出身地新潟産のそれはそれは大きな梨を持ってきてくれます。見るからにおいしそうな大きくてつやのある見布巻き、とろけるようなあの味を「さくら」の住人たちは毎年こころ待ちしています。そしてまた、となりのお嫁さんからは、自慢の「回参つくり」がどっさりと届きます。「カルシュームたっぷり、体にいいよ。来年もまた頑張ってね」と、声のメッセージもついています。
いつも牛乳をたくさん差し入れてくださるKさんからは、色とりどりの果物を美しくちりばめ、牛乳をたっぷりと使ったデザートが届きます。みんな、あたたかいとなり近所からのこころのこもったおくりものです。
一方、「さくら」の住人たちも負けてはいません。そこはそれ、昔とったきねづかならぬ腕の見せ守ところです。普段はあまり料理に関心のない人まで早くから台所に集まり、なます、煮物、黒まめなど、歳などかまっていられません、に、ぎやかに郷土料理を自慢し合いながら腕を振るいます。たちまちテーブルの上は各地のお正月料理でいっぱいです。
こんな時には、みんなの目がきらきらと輝いて、十も二十も若返ったようです。そんな光景を見ながら私も、ああ、今年もどうやら無事に越えられそうと、ほっとするのです。

こうして、「さくら」を支えてくれる地域の人々の、あたたかい無限の励ましの中で今年も暮れ、また、新しい門出を迎えるための用意万端が整えられるのです。来年は、いったいどんなドラマが待ち受けているのでしょうか。

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