Tさんに一本とられたこと

洗濯機の音が二、三目前からおかしいと思っていたところ、ついにガクンといったまま動かなくなってしまいました。やっぱり寿命か、もう無理かなあと思いながらも、近所の電気屋さんにみてもらうことにしました。
すぐに来てくれた電気屋さんは、案の定、
「もうだいぶ使ったものねー、修理の方が高くつくよ」という。使う人は六人だが、夏場などは一台ではやはり無理と判断し、すぐにカタログを見せてもらい四万三千五百円の全自動を注文しました。
「今晩八時からミーティングをしまーす」と全員に声をかけ、食後、あとかたずけを済ませ、すいかを食べながらミーティングを聞きました。
最初に私が、
「今日、洗濯機が壊れたので、新しいのを注文しました。四万三千五百円の全自動型です。それで、一人あたり七千二百五十円なりますが、来月から分割で月五百円ずつ、一年二カ月家賃と一緒に払ってください」と説明すると、みんなそれぞれ意見を述べ始めました。
「しかたがないね。毎日何回も使うんだし……」
「一回払いでもいいよ」などといいながら、五人が賛成してくれました。
最後まで黙ってじっとみんなの話を聞いていたTさん、Tさんは痴呆症気味で何度も同じことを言ったり、真夜中に隣の部屋をノックして周りの人を悩ませているのですが、
「洗濯機が壊れたと言うけど、わざと誰かが壊したわけではないでしょう。寿命なんだから、それはオーナーがもつべきだと思います。私は払いたくないです」と、はっきりとした声で言いました。
Tさんの意見を聞いて私は「しまった」と思いました。入居に際しては、備品についてもいろいろと考えてきましたが、洗濯機が壊れたときのことまでは考えていなかったのです。その後据え付けた二十四時間風呂の時も、お金のことは誰にも相談しませんでした。
仕方がない、今回はオーナーの私が持つしかないか。でも、こんなことを繰り返していたのでは、「さくら」の経営が成り立たなくなる、それでは困ると考え、みんなの顔を見ながら言いました。
「今回はTさんが言うように、私のミスでした。入居の時みなさんに言わなかったので、今回は私が持ちます」と、前言を撤回し、さらに次のように言いました。
「市が経営しているケアハウスも、みんなが行っている共同病院でも洗濯機や乾燥機は一回百円のコインランドリーでしょう。どこからも補助金をもらっていない『さくら』の経営は大変なの、今度からはコインランドリー式にしたいと思いますが、いいですね」
私としては、とても言いにくいことだったので、何とか言い切ってほっとしてみんなの顔を見ました。他の人たちはそれぞれ、分かりましたと言うように顔を見合わせて首を振っていました。Tさんはと見ると、当然よという顔ですいかを食べているではありませんか。この一件は、私が見事にTさんに一本とられたと言うことでしょうか。

ところで、痴呆の人は何でもすべて分からなくなるかと言うと、そうではないように思われます。Tさんのように、自分に不都合なことや嫌なことははっきりと主張し、態度で表現することもできます。時には、分かっているのに分からないふりをする、分からないふりをして周りの人の関心を引こうとするようなことも、四六時中一緒に生活しているとしだいに見えてきます。
だから、「さくら」のように何人かの人たちが、一つ屋根の下で生活をするということは、どうしても遠慮や緊張感と全く無関係というわけにはいきません、しかしまた、適度の緊張感がプラスにも作用して、秩序と和が保たれるのではないかと私は考えているのですが。

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